発達 障害 の 診断 は必ずしも必要なものなのでしょうか。昨今、テレビやネットなどでも発達障害に関する生きづらさが取り上げられるようになりました。
発達障害に対しての理解が深まる一方、発達障害だとカミングアウトし辛い状況にあるようにも感じます。
発達障害の診断は必ず必要なものなのか?①
発達障害のイメージ
昨今、テレビやネット、書籍などで発達障害の生きづらさが注目を集めています。
特に知的な問題を伴わない場合、「自分にも当てはまるのではないか?」、「我が子も発達障害なのではないか。」と、心配する声もそれなりに聞きます。
発達障害がここまで注目を集める一方で、発達障害の子どもをもつ親たちは「子どもが発達障害である」と、周囲に話すことができる状況なのでしょうか。
確かに発達障害は以前と比べ理解が深まったのかもしれません。
よく耳にするのが、「仕事のミスが多いから発達障害なんじゃないのか?」、「話が通じないから発達障害じゃないのか?」などです。
実際に、その人が発達障害なのかはわかりませんが、ミスやコミュニケーション能力が乏しい場合には、周囲からそのように陰で言われてしまうこともあるようです。
本当に発達障害なのかもわからない、また発達障害だとしても、あまりよくないイメージが先行しているようにも感じます。
このような状況が多少なりともあるなか、我が子に発達障害があるなど周囲に話せるでしょうか。
発達障害と診断をうけるメリット
発達障害だと診断を受けるメリットとしては、早期療育が受けられる点、保育園や幼稚園、小学校などで多少配慮を受けられる点があげられます。
早期療育に関しては、発達障害という診断がなくても、発達障害の傾向、または疑いがある時点で受けられますので、確定診断がなくても問題ないかと思います。
ですが、幼稚園や保育園、小学校で配慮を必要とする場合にはやはり発達障害だという診断が必要になります。
この段階では、発達障害という診断が付いてもさほど問題ないように思われます。
ですが、この先はどうでしょうか。幼少期から早期療育を受けているばあい、もしくは習い事を通して、社会に適応する力を身に付けているばあい、発達障害の特性はあまり目立たなくなります。
そうなった時、発達障害という確定診断にはメリットがあるのか、またはデメリットになるのか正直わかりません。
本人や家族が発達障害だと認識していることは大切ですが、診断を受けることが大切なのかはわかりません。
なぜなら、やはり目に見えない障害ですので「障害があるから仕方がない」とは、社会ではならないからです。
幼稚園や小学校低学年の間は、それなりに配慮がありますが、中学年以降は知的な問題や大きな問題を起こさない限りは、周りと同じように行動することが求められます。
通知表などの評価に関しても、普通学級に所属している場合、特別な配慮はなく全体評価になりますので、ADHDからくる不注意や忘れ物がある場合は評価が下がります。
発達障害の診断があると生きやすい?
発達障害の診断がおりると、本人や家族は納得できるものがあり精神的に楽になると思います。
ですが、いくら診断がおりたからといって「発達障害だから仕方がない。」、「発達障害だから適材適所を考えよう。」という社会にはなりません。
なかには机の配置を考える、マルチタスクを止めてくれるような理解のある会社もありますが、そのような会社は稀です。
社会で生きていく上で、発達障害と診断がおりることにより、本当に生きやすくなるのかは疑問です。
もちろん、2次障害を発症し社会生活が困難になった場合は、行政の支援が受けられますので、診断がおりることに対してメリットはあるのだと思います。
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発達障害の子供を二次障害で苦しませないための2つの方法
まとめ
発達障害の診断は必ず必要なものなのか?①
発達障害のイメージ
発達障害と診断をうけるメリット
発達障害の診断があると生きやすい?